POPがなければお店は潰れていた…運命を変えたPOPとの出会い

30歳の頃、野菜を売っていました。

社員2名、売場面積30坪の小さなお店です。

大阪の千里中央という駅から歩いて15分くらいの場所に立地していました。

パートさんは10〜15名くらい。地元の主婦の方から女子高生まで。もともとお客さまとしてお店で買い物してくれていた方もいました。

売上は、平日で1日約30万

週末で50万前後。

月に1千万円超えると黒字。それ以下だと赤字、、これが1つの目安になっていました。

民間の会社でしたが、高知県のアンテナショップ的な立ち位置のお店でもあり、販売商品2千アイテム中、90%以上が高知県産。

あと、社長や取締役は、普段は現場にいませんでした。

月に1回の営業会議のときだけ、お店に顔を出す。あとは高知県で本業をされている状態でした。(スーパーを経営されていたり、食品の卸会社の取締役の方々でした)

だから現場は一任されていた。

言い方を変えると、好き放題させてもらっていました(笑)

しかも、素人集団です

私はお店の経営はしたことないし、販売もずぶの素人です。

高校、大学の7年間コンビニでのアルバイトが唯一の現場経験でした。パートさんや私たちの『人間感覚』を頼りに、お店を運営していました。だから営利主義に特化するわけでなく、

「お客さまに喜んでもらう」

を第一に考えていた。これが、同じ商圏内に百貨店や全国チェーンストアがひしめく中、生き残れた要因かもしれません。

  • 社員2名の小さなお店で年商1億3千万
  • 在籍中7年間連続黒字
  • パート募集をすれば、「娘を働かせたい」とお客が順番待ち
  • アンテナショップ出店を検討する自治体から取材殺到…

テレビやラジオなど、マスコミにも何度も取り上げていただきました。

今思うと良い思い出しか出てこないのですが、、

辛い記憶も多いです

例えば、休日は月4日だけでした。シフトが足りないなど、お店の事情で2週間休みが取れないとか、結構ありました。

30代の若い盛りですよ。彼女とも遊びたくて、文句ばっかり言ってました(笑)

給料も高いとは決して言えませんでした。

「よくこの給料で続けられますね?」

ある大学の教授に、真顔で質問された経験もあります(笑)当時は、マジで仕事に誇りを持っていたので、

「いやー、お金より充実感です」

なーんて真顔で答えてました(笑)

でも、4年間働かせてもらい、

今やらせてもらっている店舗サポートの地盤となる経験や学びを多くさせてもらったと思っています。

社員2名、売場面積30坪の弱小店舗

素人集団だったからこそ、学べた経験ばかりでした。

仕入れから始まり、レジ打ち、接客、配達、クレーム対応、、、土台のできたチェーンストアでは得られなかった経験だと思います。

そんな中、あるキッカケから手書きPOPを書き始めました。

「ピンチはチャンス」

よく言いますが、実は私がPOPと出会えたのも、

「もう、これじゃヤバイ」

切羽詰まった結果、選択の余地なく実践し始めた…これがリアルの話です。ある壁にぶち当たったからこそ、POPを実践することになりました。

POPと出会っていなければ、今の自分は存在しませんし、年商1億3千万円は達成できていなかった…
「どんだけ自分に自信持ってるねん」って感じですが、今だから感じる本音です。

百貨店やチェーンスーパーなど、周囲のライバルにお客さまを奪われ、お店は潰れていたかもしれません。

POPとの出会いは、お店(そして私)の運命を大きく変えました。

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「手書きPOP7つの極意」

POPにも様々な種類ややり方がありますが、最大の肝は、

1:POPを『見て』もらう事
2:POPを見て『行動』してもらう事

は別ということです。
お客さまに行動(購入)してもらうには全く別の仕掛けが必要なのです。

しかし、まだまだ多くの販売者がその違いに気がついていません。
そこで今回あなたには売上に『直結』するPOPの書き方を無料で公開します。